戦う君のひとみはいつも美しい。

思いつくままに駄文を綴ります。

2023.2.27

色盲ってあるでしょう?その逆で、異常色覚というものがあって…実を言うと、僕がそうなんですがね…」

大郷は唐突に、話を始めた。

「常人じゃ判別できない…というと語弊があります。色覚に異常を持つ者だけが判別できる色があると言った方が、まだ座りがいい。」

なんとも迂遠な言い方をする男だ。

彼の話を紐解くと、どうも以前勤めていた職場の時代まで遡るらしい。大郷には印刷会社に勤めていた過去があった。その会社は、大手雑誌から個人販促物まで広く手がけた会社で、締切前の忙しさは今でも胃をもたらさせると懐かしそうに語る。

「僕には後輩がいましてね…今は宮崎に住んでいますが、あゝ、あの頃は大変だったけど、愉しかったなァ」

慣れない酒を呑む大郷の脳には、既に酒精が回っているようだった。

「そいつはデザインを学んでましてね。色々聞かせてもらった話の中に…そういう話があった…いえ、彼は忠告のつもりだったのでしょう。ともかくその、異常色覚の話です。それは視た瞬間――分かるらしいんですよ。あゝこれは駄目な奴だって。焦って、目を閉じても駄目なんです。だってそうでしょう?瞼を閉じたところで、陰ができるだけ。視覚情報が消えたわけじゃない。真に視ないようするためには、眼球を抉り出すか、脳を閉じるしかない。クフフ…ッ」

大郷は何が可笑しいのか、くぐもったような嗤いを嚙み締めていた。互いに空いたグラスを確認し、私は生を2本追加した。

 

当時、大郷は個人制作の漫画本の印刷のため、夜中まで残っていたという。いわゆる同人誌と呼ばれるもので、アマチュアの漫画書きが自身の魂を体現しようとしたような鬼気迫る内容に、大郷は一時作業を忘れ、その内容を読み耽っていた。

気味が悪い漫画だったなァ…と感慨深げにつぶやく大郷。気味が悪いのはお前だろとは言えず、私は続く言葉を待っていた。

「うん、気味が悪かッた…。虐待されてどこにも居場所のない女が、金のために身売りをし、騙され、病気を貰い、仔を孕み、身を沈めていくだけの話。内容に救いがないし、何より生々しすぎた!意味が分からないのが、白黒印刷なのに彩色されている!その、配色センスがおかしい…ありえないンだッ!」

突然激高する大郷。口角が不自然に上がり、口端からは唾液が垂れ出していた。

「あの■×▲…ッ、きちがいみたいな色を塗りやがって…」

ハァハァとよだれを垂らしながら意味不明な呟きを繰り返す友人の突然の変容に私は恐怖を感じた。

ふと――大郷の瞳に違和感を覚えた。伽藍洞の、ぽっかりと開いた穴に、蛞蝓のような軟体のなにかが、うにょうにょと――扇情的に蠢いているような錯覚が脳裡をかすめる。眼球はある。なら――何が可笑しい?

「ウキャキャ…でねぇ…私ァ、あんまりにもあんまりな色使いにさぁア!■×▲してやったんですよ…ウヒ、ウヒヒヒヒヒヒ!!!」

 

気づけば、周囲は灰色だった。モノトーンの世界に、大郷の瞳だけが、極彩色の光を放っている。

あゝ、大郷はもう駄目だ。彼はもう、終わっていたのだ――。

 

目を覚ました時、私は酒場の店員さんに揺り起こされていた。一人呑みなのに潰れるまで吞んでしまったのは、日々のストレスだけではないだろう。

 

私には友がいた。

もういない彼を悼むため、彼が好きだった曲を口ずさむ。

「大郷さん聞こえますか?俺からの、貴方へのレクイエムです…」

灰色の空に少しだけ朱みが差したような、そんな気がした。

 

 

はい。

男性の20人に1人は色弱と言われます。色弱には、赤と緑が似た色に見える赤緑色弱というのが最も多いようで、様々な場所で問題が起こらないよう配慮されているようです。

例えば、信号の配色は、色弱の方でも判別できるよう調整されていますし、こうしたカラーユニバーサルデザインに配慮した映像作品等も増えてきています。

デザイン優先で判別が難しいサインが避難される記事が見受けられる一方で、こうした気づかないところに優しさが溢れていることに、私たちはもっと理解を示すべきなのかもしれません。