ボボボ
これは私が若かりし頃、立命館大学の門戸をくぐって2年目の春のことだ。
清貧にして廉潔たる我が身をもって貴しとし、内面はマントルが如き情熱を煮え切らせながら、私はただ一人祈りの荒野を歩んでいた。
歩みすぎて挫け、疲れた先に立ち寄った酒場で、駆け付け一杯、かち割りワインを嗜んでいた。時計は夜の9時を刺そうとしている。そんな一人の時間を滂沱の思いで凌ぐ私の隣に、静謐とは程遠い人間の声が響く。
「こんなところで会うとは奇遇ですね、先生。」
大郷であった。
珍しいことだ。彼は一人で飲み歩くような風情も色気も持ち合わせていないはず。ならば連れでも居るのかと視野を広げると、彼の背に隠れるように、ずいぶんと不機嫌そうな女子が座っていた。
「ふむ、君は四条贔屓かと思っていたが、どういう風の吹き回しかね。」
乱痴気騒ぎで尻の貞操を失った大郷は、円座クッションがないとおちおち腰を掛けることもできない。悩まし気に尻を撫でながら、大郷は困ったように眉を落とした。
「いえ、この辺に用がありましてね。ほら、タコ君。君も先生に挨拶しないか。」
呼びかけるとタコと呼ばれた女性が不愉快を深める。
「だからぁ、私は伊香ですって。分かってて間違うの、むかつくんで、ほんッとやめてくれません?」
二人の距離がやたら近く感じる。私なんて今日一日、桃色杉花粉たる出逢いを求め、あてどなく荒涼たる原野を彷徨い歩いたというのに…。私は思わず歯噛みした。
大郷とは付き合いが長いが、この男、どの付くほどの唐変木かつ朴念仁で、不純異性交遊とは最も遠き存在である。それが、だ。女連れとは何かの間違いに違いあるまい。
「女。お前は大郷のなんだ?この男は、余命幾ばくもない学友のために尻の貞操を捧げ、清き賢者として百年名を崇められる男である。女如きが触れていい存在ではない。弱きもの、汝の名前は女なり。」
「…先輩の友達って、基地外しかいないの?」
げっそりした顔で大郷を見つめる伊香女史。その目はうるうるしており、自覚なき我が加虐心を大いにそそった。大郷はまあまあ2人とも…と、イカ天をつつきながら、ふと真面目な顔に戻る。
「私が、男に貞操を奪われたって噂を流したのは、もしかして先生ですか?」
「否。だが、是とも言うまい。」
「はぁ…相変わらずしょうもないお人だ…。私のはただの痔です。今度変な噂を流したら六波羅にちくりますよ。」
正確には六波羅探題だ。我らがキャンパスの秘密警察。暴走する半グレ学生とも言う。私は彼らとは相性がすこぶる悪い。話の軌道を変える必要があった。
「まあ、そんなことはどうでもいい。ここで重要なのは、大郷さん。君たち二人の関係性だ。もしや付き合っているとは言うまいな?梅毒で脳をやられたいのかね。」
大郷は呆れたような顔をして、そんなわけないじゃないですか、と大仰に答えた。
「実はですね。タコ…いえ、彼女に部屋を見てくれないか、と頼まれましてね。ああ、そういうのじゃないです。最近、彼女の部屋で怪異が現れたとのことで、僕が相談を受けたのですよ。」
涅槃仏という言葉がある。
その日、伊香女史は片手で頭を支え、釈迦もかくやと言わざるを得ない、見事な入滅態勢で惰眠を貪っていたらしい。茫々たる空想へ身を委ね、半刻程経った頃であろうか。
それが、起こったのだ。
「…ボ、ボ…ボボ…ボ…」
最初は気にもならなかったが、音が大きくなったわけでもないのに、声(とタコは認識したらしい)の存在感は次第に増していく。
不気味だった。目を瞑り、耳を閉じるも、声のする「気配」があるのだ。タコは空想の中で、背の高い女が、無機質に発生する姿を夢想した。
「いつの間にか寝てしまってて…起きたら気配はなくなっていたわ。あゝ、助かったんだ…と思ったんだけど。アレが諦めてくれた、とは何故か思えなくて…。先輩はこういうの詳しいって聞いてたから連絡したの。」
「…先生、何か気づくことはあるでしょうか?」
ボ…ボ…ねぇ。
ボ…
ボボ…
はい。
呪術廻戦最新話。まさかの虎杖優勢で戦闘勃発しました。
腕を食い千切られたとはいえ、天使があれで退場とは思いませんが、華ちゃんはもう無理かもしれませんね。やはり恋愛脳には厳しすぎる世界観やったんや…スイーツ(笑)